

気に留めて映画を観る人は少ないけれど、
スクリーンに観客を引き込むうえで、
非常に大切な役割を担っているのが、「音」。
庭のある和室のシーンを考えてみても、
役者のセリフ、鳥の鳴き声、ししおどしの音、そして音楽と、
あらゆる音が入り交じって画に独特の雰囲気を与え、
リアリティを作り出しているのがわかります。
録音技師とは、それら音の設計と処理を行う専門スタッフのこと。
東映京都撮影所で30年の経験を持つ録音技師・松陰信彦さんは、
「芝居を録る」を信条に、役者の演技を音で支え、
画に命を吹き込んできました。
「映画の音は、デフォルメしてはじめてリアルになる」
「聞こえないけど『ある』音を入れる」
「結局、自分が納得できるかどうか」─。
音の表現を追求する松陰さんならではの数々の名言と
その職人魂をたっぷりと味わってください。
今回はお時間をいただき、どうもありがとうございます。
まずはどういったことが録音の仕事になるのか、
その内容から教えていただきたいなと。
そうですね。
まず、映画やテレビの音には、大雑把に言うと、
「セリフ」「効果音」「音楽」の3つがあるんです。
テレビでは、スケジュールの問題があって
現場と仕上げ(整音・効果)では別の人が担うことが多いんですが、
映画の場合、録音技師はそのすべてに関わり、最終的な仕上げまでやります。
仕事の流れを教えていただけますか?
まず撮影現場でセリフを録ります。
長い棒の先に付けたマイクで役者のセリフを拾っている光景を
見たことがないですか?
あれは「ブーム」と呼んでいるマイクだけど、
ああいうふうにセリフを拾っていくんです。
ほかにも、役者さんの衣裳の下にワイヤレスマイクを付けたり、
環境音を拾うマイクを置いたりと、
複数のマイクで現場の音拾いをするんです。
そういう作業は、助手がするんですか?
そうです。
技師の下に「チーフ」「セカンド」、規模によっては「サード」の助手が付く。
マイクを持ったり、機材を管理したりするのが、セカンドやサード。
チーフ助手は、マイクの位置をセカンドに指示したり、
監督や役者に録音技師の意向を伝えたりと、
要するに、録音技師とセカンドやサード、
あるいは録音部とほかのパートとの調整役、ですね。
じゃあ技師は何をしているかというと、
技師は録音機を扱っている。
複数のマイクで拾ったそれぞれの音は、録音機に集まってくるんです。
その音を聞きつつ、録る必要がある音はフェーダーをあげ、
そうでない音は絞って、という取捨選択を現場でしながら、
音をミックスして一本にしていくんです。

現場で使われる録音機。最下段のフェーダーを操作して音のレベルを調整する。
その場で取捨選択していくんですか。
そう。ただ、今は昔と違って、
一本にしなくても録音できちゃうんですけどね。
昔はアナログで録音機のトラック数が1つしかなかったんです。
だから、集まってきた音をひとつにミックスして録る必要があった。
でも今はデジタルになり、「マルチトラック」といって複数の音を録音できるので、
「全部録って、仕上げで直せばいいじゃないか」という話もでてくる。
でも、そうすると仕上げ段階での作業が大変になるんですよ。
ノイズも入ってくるので、それを消さなきゃいけない。
「現場で『まあ、いいか』と1セリフ妥協するごとに、30分睡眠時間が減る」
って、冗談でよく言うんだけど(笑)、まあ、そういうことになります。
だから、機材が変わっても、現場でやることは、
基本的に昔と変わりません。
それに、現場の臨場感の中で録った音と、
仕上げで加工した音はやっぱり違ってくるんです。
音が違ってくる?
そう。もし録音の仕事が、
画に対して、ただ音を補うだけだったら、
仕上げ段階で音を足せば済む話かもしれないけど、
それじゃダメなんですね。
録音の仕事は「芝居を録る」ということだから。
芝居を録る。
撮影部が撮影の「撮」と書いて「撮る」なら、
僕ら録音のスタッフは、
録音の「録」と書いて「録る」。
単なるセリフじゃなくて「芝居」、
音の素材じゃなくて「芝居」を録っているんです。
たまに撮影部なんかでも
「素材撮り」なんて言い方をする人がいるけど、
あの言葉、大嫌いなんですよね。
僕らが録(撮)っているのは、芝居だろう、と。

芝居を録るとは、具体的にどういうことでしょう?
たとえば、現場の役者のリズム、芝居のリズムをよみながら、
最も感情がのった状態を集中して録る。
どこで話しはじめてどこで終わるのか。
ヘッドフォンから聞こえてくる役者の息づかい、微妙なリズムをよんで、
ベストな状態の芝居を録る。
そうして、フェーダーを動かす指が、
役者の芝居にぴたっとハマったときの音は、
現場の臨場感が詰まった会心の出来になるんです。
とくに感情芝居の場合、
役者さんが一度感極まって(感情が)行くところまでいったら、
もう一回録ろうとしても同じのは二度と録れないんですよ。
僕が担当した『男たちの大和 YAMATO』で、
神尾克己役の松山ケンイチさんに、
同級生役の蒼井優さんが泣きながらセリフを言うところがあるでしょ。
「大和は沖縄に行くんじゃろ…?
かっちゃんも死ぬるんか?……嫌じゃあ…!」と。
あそこは全部で6回くらいカメラ回したんだけど、
1回目が抜群に良かった。
僕は録り終わってすぐに記録さんのところへ走って、
「1回目の画、キープしてありますか?」と確認しました。
そして、実際に監督も1回目を使った。
ああいうのは、何回やってもダメなんですよね。
なるほど。
「効果部」?映画でも、効果音を担当する人が
別にいるということですか?
うん。効果は、音響効果といって担当が別にいるんです。
お椀で馬の足音を作ったり、あずきで波音を作ったりする話を
聞いたことがあるかもしれないけど、
そうやって画に必要な効果音を作る人が、別にいます。
でも、映画の場合は録音技師が全体の音の設計に関わっているから、
効果に対しても、
「ここは音楽を入れたいから、もう少し違った音にできないか」
という具合に相談しながら作っていきます。
とくに僕の場合は手を出したがるほうだから、
効果の人と一緒に音作りに夢中になって、
「まっちゃん、いいから座ってて」とか言われたりする(笑)
そうしてできあがった音を、ワークテープの画に合わせ、整音する。
もちろんそのほかに、音楽録りやアフレコがあったり、
撮影前にはプレスコがあったりするから、
録音技師はやることが多いんですよ。
メインスタッフの中で、最近ではいちばん大変だと思うんだけど(笑)
まあ、ざっと流れを説明するとこんな感じかな。
「現場で音の取捨選択をする」について、
もう少し聞かせていただいていいですか?
選択できるということは、仕上がりの音のイメージが、
すてに頭の中にあるということですか?

東映京都撮影所には膨大な量の効果音のライブラリがある。
生産中止になっている車の音や、70年代の都会の喧騒音など、今では録れない貴重な音源ばかりだ。
壁一面に並べられているこれらのテープの音は、現在はすべてCDに再収録されている。
