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洛陽33 ココロ ツナグ 33
最終話 清和院、東向観音寺

第三十三番札所 清和院

 
 

 

椿寺を出たら一条通を東へ、清和院へ向かいます。
この通りは、「大将軍商店街」という商店街が
「妖怪ストリート」
と銘打ったユニークな町おこしをしています。
なんでも、怨霊や“もののけ”が強く信じられていた平安時代に、
古道具に宿った妖怪たちが、
この一条通を行進したという言い伝えが残っているのだとか。

 

それにしても、何も知らずに来た人は
ほんとうに驚くのではないでしょうか。
だって、お店の前で、こんな人形や↓

 

 

こんな人形が↓

 

 

店番をしているんです。
これ↓とか、表情を見ていると思わず頬がゆるみません?

 

 

 

いやあ、おもしろい。
それぞれのお店が、試行錯誤して、
妖怪に服を着せているのだと思うと、
心が温まりますよね。

 

はい、そんな人形に見守られながら、清和院に向かいましょう。
一条通を直進して、「京都こども文化会館」が左手に見えたら、
その先の一つ目の角を北へ。

 

ありました。

 

 

清和院は、清和天皇の祖父・藤原良房の邸宅内にあった
「仏心院」という地蔵堂がルーツとされています。
ご本尊は国の重要文化財指定を受けている極彩色の地蔵菩薩で、
清和天皇のお姿を模して彫刻されたもの。
といっても、平安期のものは伝わっておらず、
鎌倉初期に造られた像が奉安されているそうです。

 

境内に入るとすぐ左手に、収蔵庫を兼ねた本堂がありました。

 

 

地蔵菩薩は165.5センチの等身大だそうで、
巨大な厨子の中に入っていらっしゃいました。
私たちが拝めるのは、御前立ちです。

 

また、当巡礼の観音さまは、その脇壇にまつられる
「河崎観音」と呼ばれる仏さまで、
同じく国の重要文化財ですが、
九州国立博物館(福岡県)で常設展示されているため、
ここでは写真が展示されています。

 

ご説明くださった、ご住職の藤井龍和さん↓

 

 

 

「河崎というのは、現在の賀茂川と高野川合流地点から
鴨川となる西側の一条あたりを指します。河崎観音は、
そのあたりにあった感応寺の中にまつられていましたが、
応仁の乱で観音堂が焼失して、
清和院にまつられることになりました」 
と、ご住職。

 

当時より都の人々の信仰を集め、1685年の記録でも、
洛陽観音巡礼の第三十三番札所であったことが
わかっているそうです。
そんな仏さまが京都にいらっしゃらないのは残念な気がしますが、
福岡でも、人々の願いに耳を傾けていらっしゃるのでしょう。

 

お賽銭を納めて手を合わせ、御朱印をいただきました。
ご住職が書いてくださいました。
細いのに力強い、個性的な書体で、お気に入り。

 

 

第三十一番札所 東向観音寺

 
 

 

さて、清和院を出たら、東向観音寺へ向かいます。
最後の1ヶ寺です。

 

清和院から、来た道を少し戻って中立売通を北上。
学問の神様・菅原道真公をまつる北野天満宮、
通称「天神さん」の一の鳥居が見えてきました。

 

 

 

鳥居をくぐると、うっかりそのまま北野天満宮まで
歩いてしまいそうですが、
参道の西側に見えるお堂が、
第三十一番札所の東向観音寺です。

 

 

 

お参りのご夫婦の姿が見えますね。

 

 

東向観音寺は、平安初期、桓武天皇の勅願で建てられた
朝日寺が前身。寺僧の最鎮らが947年に北野天満宮を創建し、
長いあいだ、北野天満宮の神宮寺だったそう。
なんと、菅原道真公が、
幼い頃に勉学に励んだ場所と伝わり、
そのうえ、ご本尊の十一面観音さまは道真公自作
とされるそうです。
受験生のみなさん、これからの受験シーズンは、
北野天満宮と一緒に、
こちらも拝んでおくべきではないでしょうか。

 

さて、私も、ご夫婦と一緒に本堂に手をあわせてから、
境内を隅々まで見学してきました。

 

本堂左手には「菅公・母君 伴氏廟」と記された
巨大な石造五輪塔がありました。なんと、
道真公の母君のお墓という伝承があるそうです。
受験生のママは、こちらも参拝すべき?

 

 

 

その奥には、「土蜘蛛塚」と呼ばれる灯ろうが建っていました。
この灯ろうにも、謡曲「土蜘蛛」のもとになる伝説があるそうです。
お能に詳しい方はピンと来るのでしょうね。

 

小さなお寺だけどいろいろな由緒があるんだなあ、
と思いながら、最後の御朱印をいただきに納経所へ。

 

 

ようやく満願ですよー。うれしいー。

 

満願者に授与される「満願証」もお願いしました。
名前を書いていただいて、

 

 
 

おめでとうございます!(自分で言っている…)
(ポーズありがとうございました!)

 

と、パシャパシャと写真を撮ってうかれておりますと、
御朱印をお待ちの男性がうしろにいらっしゃいました。
すみません…。

 

 

 

お話を聞くと、千葉から来て、
洛陽三十三所観音巡礼をなさっているとのこと。
「あと一つ、清和院に行ったら満願です」
と、おっしゃいます。

 

「そうですか!おめでとうございます。
清和院は私もさきほど行ったばかりです。
お話好きなご住職がいらっしゃいますよ。
それにしても、わざわざ千葉からおいでとは」。

 

うれしくて、つい話しかけるこの癖、
まるでおばちゃんみたいですよ、私。
振りかえればこの巡礼取材で、
いったい何人の方に声をかけ、ふられたか(笑)。
幸いにも、この男性は快く応えてくださいました。

 

「洛陽三十三観音の巡礼は、信仰心からというより、
京都の寺めぐりが好きで始めたんです。
洛陽の札所は、観光寺院でないお寺も多く、
ガイドブックにのっていない京都がわかるのがいいなあ、と」
と、男性。さらに、
「狭い通りを行ったり来たりするから、
京都の生活の匂いが感じられるのもいいと思います」
と、おっしゃいます。

 

そうですよね。私もそう思います。
でも、手にはしっかり数珠をしていらっしゃいますから、
単なる観光ではなく、お寺にお参りするという気持ちは、
心のどこかで持っていらっしゃるのでしょうね。
調子に乗って、ポーズまでお願いしちゃいました。

 

 

 

ありがとうございます。
清和院に向かう男性のお姿を見送って、一礼。
その後、もう一度本堂に一礼して、境内を出ました。

 

 

約5ヶ月もかけて、ぼちぼちと、のんびり進んできた巡礼取材。
六角堂に始まる三十三のすべての寺々に、
歴史があり、言い伝えがあり、信仰してきた人たちの足跡がありました。

 

巡礼をする前は、
「人は、どうしてそれほど、霊場めぐりをするのだろう」
という程度にしか考えが及ばなかった私が、
寺々をまわるごとに、
時代時代に観音さまを信仰してきた人々の思いを
身近に感じられるようになったのは、自分でも驚く体験でした。

 

歩くことで心身がすがすがしくなり、
仏の前で手を合わせることで、
目には見えない大きな存在を信じる気持ちが湧いてきて、
過ぎ去ったことでくよくよせず、
明日を生きるパワーが生まれてくる。
霊場めぐりには、そのような不思議な力が少なからずあるのだと、
身をもって感じられたのは、ありがたいことです。
(大人になったなあ。ふふ)

 

お世話になった皆さま、ほんとうにありがとうございました。

 

私はしばらくしたら、
二度目の霊場めぐりに出てみたいと思っています。
皆さんも、ぜひ!

 

おしまい。

 

 
 

「洛陽三十三所観音巡礼をしたい」と思ったら…
洛陽三十三所観音巡礼 公式ウェブサイト

 

そのほかの京都の主な「めぐり」のご紹介
以下に挙げたほかにもいろいろな「めぐり」があります。ご自分のテーマに沿った霊場めぐりを楽しんでください。

 

都七福神
日本に数ある七福神めぐりの中で最古と言われています。参詣は1年を通して行われますが、お正月や節分のお参りは大きな功徳があるとされ、格別ににぎわいます。
都七福神事務局/六波羅蜜寺
電話: 075-561-6980

 

●京都六地蔵
毎年8月22、23日の両日、京へと続く旧街道沿いにまつられた六体の地蔵をめぐる風習があります。寺で授与されるお札を玄関に吊るせば、厄除けと招福に。
浄禅寺
電話: 075-691-3831

 

洛陽十二支妙見
御所・紫宸殿を中心に十二支の方角にまつられた妙見宮をめぐります。厄除けと運気上昇を願って江戸中期より盛んに行われた巡礼で、お参りは通年行われます。
洛陽十二支妙見会/道入寺
075-781-4886

 

御室八十八ヶ所霊場
仁和寺の裏山にある、四国八十八所霊場のお砂が埋められたお堂をめぐります。約2時間で全部巡拝でき、京都市内や愛宕山の展望も抜群。
仁和寺
電話 075-461-1155