京都嵐山クラブへ
洛陽33 ココロ ツナグ 33
第一話 巡りのココロエ(心得)
知っておきたい洛陽三十三所観音巡礼のお話し

向かって左側 上村法玄氏、右側 松浦俊昭氏 

「洛陽三十三所観音霊場って何?」
「なぜ観音さまをまわるの?」
「御朱印って何?」
巡る前に知っておきたい、観音巡礼の疑問あれこれを、
平成洛陽三十三所観音霊場会のお二人、
壬生寺中院住職の松浦俊昭氏、東向観音寺副住職の上村法玄氏に、
わかりやすく教えていただきました。
  ①.洛陽三十三所観音巡礼って何ですか?
②. 巡礼者増加中、人気の理由はどこに?
③. そもそも、洛陽三十三所観音巡礼のはじまりは?
④. 三十三の観音さまをお参りする意味
⑤. どうして「秘仏」なのでしょう?
⑥. 御朱印について教えてください。
⑦. 巡礼のマナーってありますか?
① 洛陽三十三所観音巡礼って何ですか?

上村氏

京都市内三十三の寺院に祀られた観音さまに
お参りする巡礼のことです。
平安時代末期、後白河天皇が定めたのが
起源だといわれています。
応仁の乱で途絶えてしまいましたが、
江戸時代には再び巡礼されるようになり
京の庶民の間で大流行しました。

 

しかし、その後は明治の神仏分離や第二次世界大戦などで、
また長い間中断されていましたが、
平成17年4月にいろいろな方々のご支援で復興し、
現在、たくさんの方々にお参りいただいております。


② 巡礼者が増えていると聞きますが、
 人気の理由は何でしょう?

上村氏

やはり、三十三のすべての寺院が京都市内にあって、
しかも、京都の代表的観光名所のお寺から、
巡礼で訪れるきっかけができるこじんまりとしたお寺まで
巡る寺院がバラエティ豊かなことでしょう。


松浦氏

それに、歩いてまわるのにちょうどよい距離に点在していて、
自動車で行くと逆に不便なくらいですからね。
実際、歩いてこられる方、もしくは自転車の方が
とても多いですね。

 

上村氏

歩くほうが道中でいろいろなものが見れますし、
町並みも楽しんでいただけます。
今の霊場巡りは、江戸時代の京の人たちが歩いたのと
ほぼ同じようなルートで巡っていただけますので、
昔の人の気持ちに近づきながら歩くことができるというのも、
ひとつの醍醐味なのかなと思います。


松浦氏

最近は若いカップルが多くなりました。
京都に観光に来られたとき、単なる寺院めぐりではなく、
テーマなど、何か目的を持って巡りたい方々
によいのかもしれません。


上村氏

そうですねえ。巡礼というのは「信仰」ですが、
江戸時代にはすでに庶民の参詣が多くなり、
「観音さまを拝んで心休める」というだけではなく、
町並みを楽しみ、おいしいものがあったら食べて、
隣近所の人たちにおみやげを買って祈りのおすそ分けをする、
心をリフレッシュする「観光」の要素もあったようです。
現代の人にも、旅をしながら、仏さまを身近に感じていただく、
そんな機会にしていただけたらうれしいですね。


③ そもそも、洛陽三十三所観音巡礼が
  起こったのはなぜですか。

上村氏

平安時代末期は観音さまへの信仰が高まってきた時代で、
修行僧などの間で行われていた「西国三十三所観音巡礼」に、
貴族や公家は関心を寄せていたんです。

 

しかし、西国三十三所の霊場は、
近畿地方一円におよぶ非常に広い範囲に点在しているので、
当時の人にとっては世界旅行に匹敵するような、
いや、きっとそれ以上に厳しい巡礼だったんですね。

 

だから、「もっと身近に観音さまのご利益を得たい」
ということで、日本各地に霊場が作られていく。
そのひとつが、洛陽三十三所観音巡礼ということになるんです。


④ 三十三の観音さまをお参りするのは、
  どういう信仰からですか?

松浦氏

観音さまは、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)とか
観自在菩薩(かんじざいぼさつ)と申しまして、
仏の世界では、「現世に近い仏さま、
現世の人々の悩みを救済する仏さま」とされています。

仏教では、悟りを得て完成した人格者を
「如来(にょらい)」といいます。
これに対し、将来は悟りを得られることを約束されていながら、
まだ修行段階の仏さまを 「菩薩(ぼさつ)」 といいます。
このことから菩薩とは、
「悟りを得た絶対者ではなく、俗世にも往来してくれる、
身近な仏さま」と考えられてきました。

また、「阿弥陀如来は“来世”でお迎えしてくださる仏さま」
という「極楽浄土」の考え方に対して、
菩薩さまは、現世の人々の悩みを救済する
「現世利益の仏さん」と考えられています。
そんなことからも身近に感じられたのか、
よくお参りされるようになったと思われますね。


上村氏

そして、観音さまがほかの仏さんと比べてユニークなところは、
「聖観音(しょうかんのん)」という基本のお姿だけではなく、
人の多様な悩みに応じて、
三十三通りにお姿を変えて現れてくださるとされていること。
観音霊場の数が三十三であるのは、そこからきているんです。


⑤ それなのに、「秘仏」として拝観できない寺院が

  多いようです。
  どうして「秘仏」なのでしょうか?

松浦氏

「秘仏」という信仰の形態は、中国などでは聞きませんので、
おそらく日本特有でしょうね。


上村氏

そうだと思います。
そのような信仰のあり方がなぜ生まれたのか、
説はいろいろありまして、
お寺によって事情も異なりますので、
なぜ秘仏なのかは一概に申し上げにくいですね。
ただ、私自身は、「後世に残すため」というのが
そういう信仰が生まれたひとつの理由ではないかと思うんです。
なにしろ、公開している仏像とそうでないものでは、
保存状態が全く違いますから。
「霊験あらたかな貴重なお姿を、
できるかぎり良い状態で残さなければ、お守りしなければ」。
昔の人のそのような思いからではないか、と。

 

松浦氏

そもそも、仏さまは「見る」ものではなくて
「拝む・敬う」ものですし、昔の人は「見る」ことに、
あまり意味を感じていなかったのではないでしょうか。

 

上村氏

そうですね。
仏さまを「見る」という習慣ができたのは、
おそらく明治以降に「文化財」とか「美術品」という言い方が
出てきたからだと思うんです。
ほら、奈良の法隆寺の金堂なんか、今は中に入れますけど、
もともとは中に入ることを想定して作られていませんよね。
ほかにも古いお寺には、そういうところが結構ございます。


松浦氏

現に「遥拝(ようはい)」という言葉がございますしね。
外からお参りするというのが本来です。
仏さまを見たからご利益を得られるわけではありません。
手を合わせて仏さまのお力に感謝することで、
心の中の迷いから救っていただく。
そこに“見る”ことの意味はあまりないように思われます。

 

⑥ では、次は「御朱印」について教えてください。

上村氏

御朱印とはもともと、自分で写経をしたものを、
お寺に奉納した証としていただくものでした。
昔の人は、お経を納めることによって
功徳(くどく=現世・来世に幸福をもたらすもとになる善行)
を積み、ご利益を得られると考えていたんですね。
それが、江戸時代になって時代が安定し、
身分の高い人たちばかりでなく
一般民衆の参詣者が増えていくと、
巡礼にも「観光」という面が加えられていき、
お経を納めるという風習自体が少なくなっていきます。
今現在は、「お参りした証」として御朱印を
授けるというようになっています。
ちなみに、今はお寺が御朱印を書いていますが、
昔は御朱印も自分で書いて持っていき、
お寺には判だけを押してもらうものだったそうです。
だから御朱印に「奉拝」とあるんですよ。
「奉って拝む」のは参詣者のほうですから。

 

松浦氏

現在でも、自分で写経されたものを持参される方が
いらっしゃいますよ。
般若心経が一番多いですね。
可能なら、単にお参りだけではなくて
写経をお納めいただくと、
より巡礼の意味が深められると思います。

 

上村氏

御朱印を受けるのは必須ではありませんが、
御朱印には、日付が書いてありますので、
「確実にお参りした証になる」と、人気のようです。


松浦氏

そうですね。
ですから、スタンプラリーではありませんけれども、
御朱印を集めることで
、満願する(=三十三すべての寺院をお参りする)
ことへの達成感を感じられるでしょうし、
それが自分の中での誇りになりますので、
集められる方がどんどん増えているんだと思います。

 

⑦ 巡礼のマナーってありますか?

松浦氏

ときどき、御朱印だけもらって、
お参りせずに帰られる方がいらっしゃいますが、
お経を納めた証、お参りの証としての意味を考えますと、
まずはきちんとお堂の前で手を合わせてお参りください。
もちろん楽しみながらの巡礼であっていいのですが、
手を合わせて、観音さまに心を寄せることは一番大切なことです。

 

上村氏

そうですね。最近は手を合わせるという機会が減りましたが、
仏さまを「見る」のではなく、心を込めて拝んでいただくことで、
他者の幸せを願ったり、互いに思いやる心を深めるひとときとして、
巡礼を楽しんでくださればと思います。


 

つづく