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第一回 京都は汚れている。

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吉岡幸雄プロフィール
小僧

日本人は四季なかに小さな季節を発見したように、
色もまた伝統色という素晴らしい色の宇宙を作り上げました。

きょうは色の世界の奥深さについて教えてください。
吉岡

その前にな、あんたに聞きたい。
最近の京都は汚れてると思わないか。


吉岡幸雄氏 写真

吉岡幸雄氏のプロフィールを見る

 

小僧

はあ…。


吉岡

町の色がむちゃくちゃになってる。
景観に統一感がない。
家の前にゴミや枯れ葉があっても気にしない。


小僧

いけませんね。


吉岡

もともと京都は清潔な町やった。
毎朝、どこの家も表を掃き清めて、
お向かいまできれいにして差し上げる。
誰に言われんでも、そうしたもんや。

 

小僧

暮らしのマナーですね。


吉岡

そや。

 

観光客に恥ずかしくない
ほんとうに美しい町をのぞむなら、
景観条例うんぬんのまえに、表を掃き清めなさいと。

表を掃くことを京都では「かど、はきや」という。
関東から来たうちの弟子は、最初、
通りの角だけをちょこちょこっと掃除してた(笑)。

 


小僧

あれま(笑)。


吉岡

通りを行くどんな人にも
塵ひとつないきれいな町を歩いてほしい。
来る人も、迎える人も、気持ちがいい。
そういうことが「おもてなし」だと思うんや。

おもてなしの心は、きれいが原点。

京都はこれといった産業がないから、
どうしても観光に頼らざるを得ない部分がある。
そういうことをみんながもっと強く認識しないとね。

観光地としてあかんようになるのは早いんですよ。
あぐらかいて慢心してたら、すぐダメになる。

 

image01 写真
 

 

私は植物染めという日本古来の技法を用いて、
源氏物語の世界を色で再現してきたんやけど、
色の世界は追求していったらキリがないな。

小僧

源氏物語=平安朝。
平安時代はさざまな色が
咲き乱れたといわれてますね。


吉岡

奈良とか平安初期の文化は、
中国の影響が色濃くあったからね。
染色技術もそのひとつで、
遣唐使たちが持ち帰った技術によって、
いろんな色が染め上げられた。

 

すでに奈良時代には
技術がピークを迎えたんやないかな。
平安時代になるとこんどはマネじゃつまらない。
日本の風土に合った、日本の季節に合わせた
色を作ろうという機運が生まれた。

 


小僧

オリジナルでいこうと?


吉岡

そや。
学問の神様で有名な菅原道真が
遣唐使=中国留学を禁止したわけやな。

 

さ、それからや。
四季に恵まれた日本独自の色が開花したのは。

 


image02 写真
 

 

平安朝は和の色彩の時代といってもいい。

 

染められた美しい色の数々は、
貴族のお嬢さんたちの
恋愛の道具としても使われたわけや。

 

小僧

恋の道具ですか。

 


吉岡

それは今も昔も変わらへん。
きれいな洋服を着てデートするやろ?


小僧

はい。


吉岡

いまと違うのは、
平安時代のお嬢さんは人前に出ない。
決して姿を見せない。顔を見せない。
いつも御簾(みす)の向こうにいる。

自分をアピールする機会がないから、
季節に合わせた衣装を着て、気を引いたり、
自然の美しさや恋心を詠みこんだ和歌を
色染めした和紙に、さらさらっと書いて、恋文を出したり…。
明けても暮れても、そればっかりや。

 

小僧

全力投球ですね。


吉岡

そや。
全身全霊をこめて、まじめに恋愛をした。
当時は一家の存亡が彼女の肩にかかっていたからね。

光源氏みたいな最高の男と結婚することに命をかけた。
そのために教養を磨いて、
自分もまた「最高の女性」になるよう努力をした。

 

小僧

ちょーセレブたちの「最高峰の婚活」ですね。


吉岡

ところで、あんた、カノジョおるんか?


小僧

いえ、いません。とほほ


吉岡

そやろな。


小僧

そやろな って…。

 
 

背景データ協力/紫紅社 

http://www.artbooks-shikosha.com/index.html

つづく 第二回『季節の色を感じて、まとって、歌にして。』
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□ INDEX
第一話 京都は汚れている<目次>
第二話 季節の色を感じて、まとって、歌にして<目次>
第三回「自然が名づけた、美しい色の名前たち。」
第四回 「色の最高位は、源氏物語の紫」
第五回「伊吹山の刈安、インドの茜」
第六回「伊吹山の刈安、インドの茜」
第七回「伝統の手仕事を受け継ぐ者たち。」
第八回「京都の色、冬の色味。」
 

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